2012年06月15日(金)
細い道路はほとんど水没している。水は緑の藻でいっぱい。ドロドロだ。みんな膝まで水につかりながら、足元を確かめつつゆっくり進む。一列になって。道路からはみ出ると、深みにはまる恐れもあった。小さいカワハギが泳いでいるくぼみに手をのばして、捕らえた。すぐに逃がした。
なんとか和室にたどり着いて、みんなでびちゃびちゃと座布団に座って、知らない宗教の祈りかたで祈った。手足が乾くと、部屋は乾いた沼の臭いでいっぱいになった。白いまんじゅうが配られたけど誰も手をつけなかった。
2012年06月17日(日) メモ
「深海のマーチ」、たいへん散らかっている細長くて複雑なつくりの塔、びけんの係ごとの会議、耳かき。
2012年06月18日(月)
「見て、カモメが釣りしてる」と私は言う。
姉も父もなかなか信じてくれないけれど、カモメがちゃんとした釣り竿を持って釣りをしている。釣られているのもカモメで、海の中を必死に泳ぎ回って釣り糸から逃れようとしている。がんばって釣り上げろカモメ、と応援する。もだんだん釣られているほうが可哀想になってくる。だから釣られているほうのペンギン(夢ではよくあることだけれど、このカモメたちもいつの間にかペンギンに変わっていた)が海からあがったところを捕まえて、体に絡まった釣り糸をほどいてやろうとする。釣る側のペンギンは釣り竿を落としてしまったというのに海から追ってきて、釣られてたほうをいじめる。私は被害ペンギンをかばいつつ、加害ペンギンを何度海に落とす。何度も這い上がってきて、なかなか被害ペンギンの糸を外し終えることができない。やっと外し終えても、ぐったりとしているペンギンをそのまま海に戻すのは気が引けた。姉に渡して、自分たちの水槽で預かれないか父に訊くように言う。
父と姉はさきに車に乗り込み、傷ついたペンギンを運んで行った。私は加害ペンギンを説教した。そのあとで家族のもとに向かう。
父も姉も海に浸した巨大な水槽を覗き込んで、中の生き物たちに向かって、白いバラを作る内職のノルマについて話していた。
「特にペンギン、助けてやったのだから協力して欲しい」と父。
「ペンギンどこにいる? いじめてたほうが追ってきて水槽に入っていたりしないよね?」私は姉に訊く。
「大丈夫だよ」と小さい万華鏡を水槽に落としながら姉が言う。「でもちょっと窮屈そうなんだ。なにしろクジラだから、水槽はいっぱいいっぱいで」
ちょうど水槽の底から、連れて来られたばかりのクジラが浮き上がって、尾びれをひらひらさせて、また沈んでいった。父はヘリコプタータクシーを呼んで、沖のもっとでかい水槽にクジラを移す相談をしてる。
2012年06月19日(火)
実家に帰ると家はマンガで埋まりそうになっていた。私たち姉妹が好きなマンガだからと英語版まで買ってしまっていて、もうたいへんな状況だと言う。片付けをしなくちゃ。家は裏道にある商店街に飛び地していて、好きだった駄菓子屋の跡地に私たちの部屋がある。本を捨てることを考えると辛かったので、しばらく自室に籠ろうと思った。駄菓子屋の棚に本が並ぶのは素敵だ。緑色の柔らかい表紙の本を見つける。手に取るとべちゃっとしている。開くと腐ったおにぎりが入っている。意図的に腐るルリユールと説明があるけど、ひどい臭いだ。きっと姉の本だろう、姉を呼んで始末してもらわないと。でも姉もこの本を知らないと言う。この棚に入っているこの作家の本はどれも見覚えがないらしい。不気味だ。父母も知らないと言う。双子用ベビーカーにたっぷり本たちを載せて、河原に連れて行くことにする。
河原につくと河は枯れていて、これでは流すことができない。いつも燃えているお屋敷で燃やそうという話になる。それは冒険の先にある。友だちを集めて、役割を決める。私は魔女だ。友だちのひとりは僧侶になった。別の友だちは竜騎士。そういうかんじにパーティーを組んで進むだけで、屋敷は簡単に見つかった。この町に燃えている屋敷はひとつしかなかったからだ。
敷地は広く、白い砂利の庭をみんなで進む。途中で私は地雷を踏んでバラバラになってしまった。慌てて手の部品で他の部品をつなぎ合わせる。うなじをちゃんと止めないからだと友だちに叱られる。背中をがっちり止めるパーツが砂利に紛れて見つからなくなってしまった。でも屋敷に入るとカラクリのメイドが出てきて、全員分に羽をくれて、羽をつけることで背中もしっかり固定された。
2012年06月21日(木)
友だちとの二人部屋だ。地上12階にある。地震が起こってすごく揺れる。建物は崩れなかったけれど、すごく揺れてしなって、まわりの建物を潰していくのがわかった。部屋に扉はなく、廊下に通じる穴にたくさんはめていたカラーボックスのひとつを引きぬいて出口を作る。引きぬいたひとつのカラーボックスには私のものである恐竜の人形たちが入っていた。カバンにつめる。どのカラーボックスも見てみなきゃいけないという気分になったところで、友だちが駆け寄ってきて、カラーボックスを全部引きぬき、廊下に飛び出した。私もそれに続いた。
他の部屋のみんなは地震に気づいていなかった。会議に遅れるからと急かされて私たちは階段を降りた。校庭には土でできた人形がいっぱい並べてあって、そのあいだを通って体育館に向かった。まわりの建物は全部崩れていた。でもそれらはもとから廃墟だったから安心だと思う。